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テアトロ

「テアトロ」2000年ベストワン

 いつもは舞台と階段状客席に分けられているホールがただの正方形のフロアに変えられ、その対角を結ぶ斜めの細い直線が一本、黒い平台を連ねて引かれている。一見、狭い花道か橋懸かりのようだが、それが続くべき本舞台は存在しない。この対角線の両端の向こうにあるのは無か、現実か。観客は対角線で作られる二つの三角形内に並べられたパイプ椅子に、演技空間を越して向き合う形で座る。一方の端から登場した演技者は、定められた一本の道を、最初に向かった方向に進む。その一方通行は、あるいは逆戻りできない時間の流れ、終わりに向かってただ進んで行く人生の時計の針を示すのかもしれない。あるいは、時にたゆたうことはあっても一つの結末に結局は向かってゆく、行動への意識の線を示すのかもしれない。そして両端から男女がそれぞれ姿を現わし進む時、二人の心の距離、近づき、ぶつかり、いつか取り返しようもなく離れてしまう、二つの魂の睦みあいを示していたのかもしれない。
 心の一点をのぞきこむような、シュールで緊迫した舞台構成、完成度の高い演出と演技を見せてくれる「エレベーター企画」であるが、「アンソロジー2」は一段と興味深い舞台だった。マルギット・ハーンと横光利一の小説から着想を得た三つの短い劇的作品による二人芝居。男・土本ひろき、女・大野美伸、ともに若く繊細で、巧い。

 第1話「シングルマザー」(ハーン)。思いがけず子供を産んでしまった若い女性の閉塞感と孤独な日常への嫌悪、そして見えてこない未来への恐怖を描く。母親としての義務意識と休み無く続く子供の世話が彼女の心身を圧迫し、自覚せざる狂気へ追い込んで行く。どこにも行き着くはずのない直線の上を、苛立ち、独りごち、怒鳴りながら行きつ戻りつする女。手持ちカメラを持った男が、母親にまといつく子供の視線のようにロウアングルから彼女を追いかけ、回り込み、その表情をスクリーンに拡大して映し出す。社会倫理に挑みながら社会通念から抜け出せない、シングルマザーの奥にある本心をさらけ出す。生身とリアルタイムの映像が相乗効果をあげた。 

 第2話「戎る春の物語」(横光)。肺病を病む妻と、彼女を看病する夫の姿を描く。近くにある死を意識している妻と、見守るしかない夫の会話は、ときにとがめあう激しさともなるが、見交わす視線は互いへの信頼と愛情を疑わせない。ゆるゆると流れる日々。舞台に敷かれた大きな白紙(本の頁)を返しては、のぞき込むようにして読んで行く二人。お互いに拘束しあい離れられないことを、二人の体にからみつき繋ぎあわせている幾筋ものロープが視覚的に表現する。だが最後に妻はこのロープから抜け出して、直線の果ての闇に去ってゆく。後には切れたロープと赤いバラ、血のイメージ。三作通じてモノクロで通された舞台で、バラの紅が鮮烈な印象を残す。

 第3話「情熱の対象」(ハーン)は一転して饒舌だ。姉を愛してしまった若者のモノローグによって進められる。性的に奔放な姉は、若者を誘う、からかう。スクリーンには「ラストタンゴ・イン・パリ」の映像が映され、愛に迷う者達の不毛なセックスによる結びつきの虚ろさを見せつける。性的に結びつくことができない彼は、偶像である姉を最終的に手に入れるために殺してしまう。ここでは、内気で甘ったれな若者の高揚してゆく心理を土本は感受性強く表現し、大野は挑発的なポーズと表情で官能性を漂わせる。
 三話それぞれ、全く異なる人格を生きてゆく二人の演技が見事だ。

 劇団主宰者で構成・演出の外輪能隆は、学生の項、笑いのセンスに優れた、アドリブの巧みな突っ込み型の演技者だった。演出家としての彼を見て、表現する世界があまりに違うことに驚いた。どちらもしかし、彼の本質なのだろう。現在の関西では他に創る者のいない演劇世界を、彼は産み出し続けている。晩夏、利賀村で行われた「JPAF演出家コンクール」に参加した彼は、「バーサよりよろしく」で優秀演出家賞を受賞した。まだ若い。優れた協力者達がいることも大きな力だ。これから何ステップも上がってゆくだろう。
文:神沢和明氏(テアトロ3月号より)

Last Update 16/02/14